~南米・エクアドル~ 赤道という名のこの国にはアンデス山脈やガラパゴス諸島をはじめ手付かずの自然が広がり、民族衣装の女性たちがその魅力に花を添える。青年海外協力隊22年度1次隊田中鏡介活動ブログ!!


by tunetuneworld

Cuenca生活スタート!

朝3:30に起き身支度をする.

やはり下痢は治っていないが熱も下がりだいぶ楽になっていた.
6時に金山調整員に連絡所まで迎えに来てもらい全快ではないが体調も良くなったのでクエンカへ行けるということを伝え,一同空港へ向かった.
預け入れする荷物は1人20kgまでだが3人ともオーバーしていたが特に追加料金をはらうでもなく,また金属探知機に引っ掛かったにもかかわらずちょっと見て通っていいといわれた.
ここらへんが南米の南米たる所以か.

空港で金山調整員と別れ午前7:15の飛行機でクエンカへむかった.
40分ほどで目的地へ着くと,語学教室であるNEXUSのJuanさんが迎えに来てくれていて,空港から車で10分程のところにあるNEXUSに向かった.

そこで歓迎パーティーを開いていただき,そのあとスペイン語の試験に臨んだ.
筆記で自己紹介とこれまでの人生のトピックを書けというものでした.
トピックは私が大学のとき所属していたソフトボールサークル“Rinse in Shampoo”の最後の九重合宿でビールかけをしたことを書いた,いや,書けていると思う.

そうこうしているうちにそれぞれのホストファミリーの方が迎えに来てくださり,それぞれの家へと向かった.
私のホストファミリーはヴィクトリア&シルヴィア夫妻の家でみなさんとても落ち着いていて親切にしてくれる.
私が使っていい部屋に案内され身辺整理をし,昼食をとった.


そのあとまたNEXUSへ行き語学教師の方達とクエンカの中央街へシティーツアーに出掛けた.

世界遺産に登録されているだけあって建物はとても美しくたくさんの人で賑わっていた.
クエンカはキトよりは治安はいい.

特に印象に残っているのがクエンカでもっとも大きい教会で,広い空間に厳かな雰囲気が漂いまた見るもの全てが美しく何回でも来たいと思わせてくれる.


写真は,教会の中をパノラマ撮影したもの

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一通り中央街を散策したらシルヴィアさんと妹さん?が車で迎えに来てくださり,5人で温泉の出るバーニョスへ向かった.

そこにはプールに温泉を溜めたものがいくつもあり,泳ぎに来た人々で賑わっていた.


そのあと一度帰宅し,NEXUSの近くの小林さん宅にお邪魔した.
小林さんにはエクアドル人の奥様がおり,1年のうち半年はエクアドル,もう半年は日本で暮らしているという.
エクアドルに来るボランティアは必ずといっていいほどお世話になっているご夫妻だそうだ.2人の先輩ボランティアも来ており,また一週間ぶりの日本食も堪能できた.
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# by tunetuneworld | 2010-06-25 18:16 | 語学研修@クエンカ

38.2℃

本日は午後から日本大使館に表敬訪問するということで,JICAのジャケットに身を包み事務所へ向かう.

いつもどおりカロリーナ公園を歩いていると,少し息苦しく頭痛がしてきた.

これは様子がおかしいぞと思っていたら案の定11時頃ものすごい寒気に襲われた.何とか昼休みの13時まで耐えに耐えさすがに無理と判断し訴えた.

熱を測ってみると37.8℃もあり自分でもびっくり.

言わずもがな私だけ大使館には行けず,かつ病院にまで行くことに.

病院で改めて熱を測ると久しぶりの38℃越え!

医師が仰るには何か食べ物があたっただろうということでした.

昨日の夕食は・・・かおりさんとフジコさんが連絡所の冷蔵庫にあった卵で作ったスクランブルエッグとキャベツのコンソメスープそれに買ってきたウィンナーでした.


そういえば昨夜から下痢でした.


ここでなにが言いたいかと言うと,調理方法がまずかったあるいは卵やキャベツに原因があったのではないかということではなく,同じものを3人が食べたのになぜ私だけ当たったということです.



改めて女性の強さを感じさせられました.



病院からは連絡所に直行してもらい,明日のクエンカ行きを懸念しつつ薬を飲んですぐベッドに横になった.僕がもらった薬だけかもしれないが,エクアドルの錠剤は日本のより大きい.


金山調整員本当にありがとうございました.


この日良かったことといえば病院のテレビからチラッと日本代表の中澤のガッツポーズを見ることができ,日本が決勝トーナメント進出を決めたことがわかったことぐらいだ.
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# by tunetuneworld | 2010-06-24 18:06

浪費!!

オリエンテーションのため9時半ころ事務所へ向け連絡所を後にする.

昨日ゼロックスに頼んでおいたハンドブックのコピーをとりに途中寄り道をした.
2冊で10$以上して痛い出費となった.10$といえば日本円で千円くらいでそんなに高くないと思われる方もいると思うが,ここでは平均月収350$くらいなのです.



この日の昼食は歩いて15分くらいのショッピングモールでパスタやピザを食べた.昨日に次いでここもとても高くこれからは節約をしようと誓った.


オリエンテーションを終え,帰りにスーパーにより食材を買って今日は自分たちで作ることにした.私のポジションは誰が言うでも無く洗い物担当になった.地元のビールも頂き,気分良くこの日を終えた.
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# by tunetuneworld | 2010-06-23 21:25 | エクアドル

エクアドル初日!!

朝9:30連絡所に金山調整員に迎えに来ていただきカロリーナ公園を突っ切ってエクアドルJICA事務所へ向かった.

部屋から見たカロリーナ公園
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標高は2,800m近くあり,日差しが強く結構暑いが乾燥しいてる分さほど不快ではない.
このカロリーナ公園は夜はとても危険で立ち入りは禁止されているが,朝は早くからランニングしているエクアドル人や午前中からサッカー,テニス,バレーや散歩する人たちで賑わいを見せる.しかし昼でも強盗などが発生したこともあり常に気をつける必要がある.これはカロリーナ公園に限ったことではないが.


道路ではたくさんの車が走っている.タクシーは黄色でナンバープレートが付いていないものは危険なので乗ったらいけないことになっている.タクシーに限らずナンバーが付いていない車はざらにある.車名の入った化粧版をつけて走る車も少なくない.日本車もたくさん走っていて,とりわけ日産やスズキが他より多い気がする.

また信号のない横断歩道が多くみんな車の間を縫って道路を横断している.タイミングなど慣れるまで時間がかかりそうだ.

そして何より車の排気ガスがすごい.とくにバスは真っ黒な煙をモクモク出しながら走っている.1日の締めに鼻をほじると,それは見事な黒色の鼻くそが出てくるほどだ.

歩道では歩いていてお菓子や新聞などを売る小さい出店や露店に出くわすことは難しくない.

事務所はビルの8階にありそこからマリア像のあるパサージュの丘が遠くに見ることができる.

10時から13時までオリエンテーションがあり,昼食は事務所近くのamarilloというお店で調整員の方々にご馳走になった.14時からまたオリエンテーションがあり,17時頃終了.

一度連絡所に帰り着替えてスーパーに買い物に行った.スーパー近くのレストランで食事を摂ったのだが,その頃には危険になるといわれる18時をゆうに越えた21時頃だった.

下手にタクシーを捕まえると強盗に襲われる危険があるということで,レストランの店員にタクシーを呼んでもらう.来たタクシーを見ると前後のナンバーはあるがボディーに登録番号がなく,またメーターも無かったのでガードマンに確認してもらい,また行き先も伝えてもらい乗ることにした.

しかし向かっていると目的地である連絡所を通り過ぎてしまい,どんどん進んでいく.これがタクシー強盗かと覚悟を決めたのは私だけではなかっただろう.しかしドライバーのミスかガードマンの伝達ミスかはわからないが,何とか連絡所までたどり着くことができ,3$を払って車を降りた.3$といえば安く思われるかもしれないが,この距離で3$はボラれたも同然の額ということを後から知ることとなる.

安全管理のオリエンテーションでタクシー強盗のことを聞いたその日のことだったので,調整員の方々には黙っておこうと3人堅く約束を交わしたのは言うまでもない.
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# by tunetuneworld | 2010-06-22 23:59

鏡介がゆく!!

日本時間6月21日午前7時30分頃母親と祖父に見送られ高知龍馬空港を出発した.祖父は今年88歳の米寿を迎えたのだが,「2年後鏡介が帰る頃まではよぅ生きちょれん.お母さんを大事にね.」と言ったので僕は「心配せんでも生きちゅうわえ」と返した.

8時30分頃羽田に到着.そこから京成本線にて成田国際空港まで向かう.何回かの乗り換えミスを経てようやく到着.この日は22年度1次隊の最初の出国日であり,すでに多くのJOCV達が日本を後にしている.

空港では出発時刻の近い同志達やご家族,恋人たちが見送りに来ていた.中には佐賀から家族で成田まで見送りに来ていた方もいて驚いた.その方たちと別れを惜しんだ後出発ロビーに向かった.海外へは初めてなのでちょっとした手続きにも敏感に反応してしまう.
我々エクアドル隊が乗る飛行機は他にベネズエラ隊,ニカラグア隊,コロンビア隊,パナマ隊などがいて総勢30名ほどのJOCVがいた.

そして15時55分のコンチネンタル空港006便に乗り出発.一同ヒューストンへ向かう.シートはとても狭くとても苦労した.隣のアメリカ人とはつたない英語でしゃべるのが精一杯だった.「Fish or Chiken?」の返答にもいささか時間をいただいた.またCAの対応も日本とは全く異なりそっけないように見えたが私は嫌いではないなと思った.窮屈なシートでも映画や音楽を楽しくことができなんとか12時間のフライトを終えることができた.ちなみに席が窓際だったこともあり,1度しか行かなかった.ヒューストンが近くなり飛行機から人生で初めての生外国を見ることができた.

印象としては,
①日本のように道がカクカクしていない
②小さい山がなく一面平野
③人工池やため池がほとんど無い
④カラフルな車が多い(特に赤が目立つ)
⑤家々の間に塀が無く,代わりに木を植えており開放感が感じられる


ヒューストン時間の午後2時くらいに空港に着き,はじめて異国の地に立つ.周りは外国人だらけで匂いもちょっと違う.そこで他の隊の人たちと別れ,ついにエクアドル隊の3人のみになってしまい寂しさが纏わりつく.

キト行きの飛行機まで3時間ほどあったので3人でお茶をしに行く.最後の機内食を寝過ごした私はピザとトロピカーナを食べた.

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そして歯を磨くなどして身支度をし,そろそろというときベネズエラ隊の3人が見送りにきてくれた.そしてこれが最後のお別れとなった.

キト行きの飛行機は午後5時45分出発で,シートは先ほどのものより若干広めで3人とも隣なので気を使うことも無かったせいか,結構寝ていたように思う.

このフライトは5時間10分の予定だったが遅れて夜の12時前にキトについた.しかしそこには入国審査を待つ人々の大行列.疲労もピークでかつ重い荷物のせいで口数も少なく1時間待ってようやく審査をパスできた.そこに調整員の方々が迎えにきてくれていた.

荷物を空港から貸切バスに運ぶときエクアドル人から話しかけられても無視してくださいと注意を受けたが,そのとおり勝手にスーツケースを運んでお金を取る人がフジコさんに寄ってきたが調整員の方が制してくれた.到着して早々異国の恐ろしさを目の当たりにした.

そして15分ほどバスで行ったところにある連絡所に着きオリエンテーションを受けた.そこで明日の持ってくるものの中のハンドブック2種類を日本に置いてきてしまい,いきなり調整員の方を怒らせてしまった.とても厳しく怒られた.ここに最悪のスタートを切ってしまったわけだ.

気を取り直して連絡所の冷蔵庫にあったエクアドルビールで乾杯をし、その日を終えた.3時間後には起きなくちゃならないが…

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# by tunetuneworld | 2010-06-22 22:44 | エクアドル